遊風の養生日記Ⅱ

術伝流の愉癒庵遊風(颶風颯雷電)が、鍼灸操体食養はじめ養生について書いていきます

ウェブ時代をゆく

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

 前著『ウェブ進化論』で解説したような、これからの時代を個人がどう生きたらよいかの処方箋みたいな感じのことが書かれている。「コモディティ化しない(commodity)」、「個人の魅力で時給換算数千円を稼げるようになる」というあたりは納得。
 「コモディティ化しない(commodity)」というのは、私が考えてきた「どこにでもいる空気読みロボット」になってしまうとこれから大変そうだなという感覚に近いものを感じた。学校で優等生になると「どこにでもいる空気読みロボット」になってしまい、そうなると公務員ぐらいにしかなれない世の中になってしまったから。IT化、普通の会社で昔ホワイトカラーがしていた事務仕事はパソコンネットワークがするようになったので、新しいサービス、技術、道具を開発する以外の仕事は、パートやバイトがするようになったというか、新しいサービス、技術、道具を開発する以外の仕事で正社員になれても、なんちゃって正社員としてこきつかわれるだけだし。たとえ店長でも名ばかり管理職だし。これからの日本人にとって「どこにでもいる空気読みロボット」にならないことは、とても大切なことだと思う(まるで空気読めないのも日本では生きにくいと思うけど)。堺屋太一さんが『平成30年』で提案した公務員10年定年制が実現すれば、一生公務員という身分で過ごせないし。公務員10年定年制以上にこれからの日本に有効な公務員制度改革は見あたらないし。
 そこで、「個人の魅力で時給換算数千円」かせげるかどうかというのは、確かに良い基準だなと思う。そういう程度には、どこにでもいる空気読みロボットではない個人的な魅力が必用だし、それがなしに、村上龍のいう「成功者」=「生活費と充実感を保証する仕事を持ち、かつ信頼出来る小さな共同体を持っている人」になるのは、日本の都会で生きる限りは難しいということだと思う。農村で自給自足するにしても、その前にそういう状態になっていないで、「生活費と充実感を保証する仕事を持ち、かつ信頼出来る小さな共同体を持っている人」になるのは難しいのではないかなと思う。
 あと書かれていないので気になるのは、ITというか、人の仕事のコンピュータ化は、どんどん進むので、コンピュータ関係の仕事はどんどん若い人のほうが有利になるような気がするという点。進歩が早いのでコモディティ化しやすいし。コンピュータ化しにくい仕事を選んだほうが長い目で見ると「生活費と充実感を保証する仕事を持ち、かつ信頼出来る小さな共同体を持っている人」になりやすいような気がするのだが、そのあたり梅田さんは、どう考えているのかなと思った。つまり、長い目で見るとコンピュータ化しにくい仕事を選んだほうが「個人の魅力で時給換算数千円」かせぎやすいのではないかなということ。